2020-01-13

認知症は恐ろしい

10月にオヤジが「せん妄」になった。急激なストレスなどが引き金になって起こる、一時的な認知症のような状態だそうだ。
ガン宣告から、念願の初退院。してからすぐに熱が40度になったせいで、またすぐ入院というのが相当なストレスだったようだ。
この日は午前中から様子がおかしくて、母ちゃんに「新しいアイホンが欲しい」と言い出した。仕方ないので病院の近くのソフトバンクに行こうとしたら「いつもお世話になってる店じゃないとダメ」と指示されて、わざわざ実家の近くまで行ったそうな。

僕はこのタイミングでお見舞いに行ったので母ちゃんはいなかった。母ちゃんからLINEで「オヤジやばいから気をつけて」とだけ連絡があった。

病室に入り、オヤジに挨拶するなりなんだか様子がおかしい。同じ事ばっかり言うし、意味分からない事も言うし、なんかずっと「携帯まだか?」「点滴が邪魔だからこんなもんはヒキちぎってやる」「病院嫌だ。もう帰る」て怒ってる。母ちゃんの言う「オヤジがやばい」の意味はすぐに理解できたが、オヤジが話す内容のほとんどは理解できなかった。

とにかくキレているので、なだめ続けて1時間。クタクタになった所で「俺寝るから、ラウンジにでも行ってていいぞ」と言われて、喜んでラウンジに行った3分後には看護師に手を引かれたオヤジが現れた。「寝るんじゃなかったのか?」と聞くと「いま昼だぞ。寝るわけないだろ」と言われた。母ちゃんに「ギブアップです。早く戻ってきて」とLINEしたが、機種変更に苦戦したようで、母ちゃんが戻ってきたのはそれから3時間後だった。

その3時間後。新しいアイホンのおかげでオヤジの機嫌は劇的に良くなった。ただ残念な事に記憶力が皆無の状態なので、まともに操作が出来ない。「これはどーやるだ」「ほうかほうか。じゃあこれはどーやるだ」という感じで、アイホンの起動→youtubeのアプリをタップ→好きな動画を再生。のシンプルな手順を何十回も説明させられた。

面会時間が過ぎたので諦めて帰った。
次の日オヤジは防衛省から電話がかかってきたらしい。アイホンのどこをどう触ったらそんな事態になるのか逆に教えて欲しかったが、その手順もオヤジはもちろん忘れていた。

この「せん妄」は発症してから3日間くらいかけて元に戻った。

これ以降、この症状にはならなかったのだが。


年末年始を自宅で過ごして1月8日に再入院。入院前はとても元気で「これならあと一回くらい退院出来るかもしれない」なんて欲が出てきたが、入院した途端にみるみる状態は悪化して、結局お医者さんの言う通りで、今回の年末年始がオヤジの最後の退院という事になりそうだ。8日に入院して、10日に血圧が60まで下がって死にかけた。深夜に病院に駆けつけようと準備をして、いざ病院に連絡してみると「血圧も上がって、安定してますし、お父さんはいま携帯を触ってますよ」と看護師さんに言われたのでまた部屋着に着替えた。オヤジっていつもこう。

次の日にお見舞いに行った。もう自力でトイレに行けなくなっていて、飯も食わない。ぼーっとしている。目を開けたままイビキをかいている。時折、母ちゃんが「もうオヤジの面倒みきれんわ。大変」など、オヤジにとってマイナスな話題になるとイビキは止まり、しっかりとこちらへ目線を向けてくる。そしてたまに喋るが、大抵は10分〜20分くらい前の話題への返答なので理解するのに苦労する。

夕方になって、少し怒りだした。テレビのリモコン操作もできなくなった。あの時と同じ感じだ。面会時間も過ぎたので帰った。

次の日。オヤジは完璧に認知症のような感じだった。トイレに行きたいと言いだしたが、もう数日前からオシメをしていて、もう何度もお漏らししているので「そのまましていいよ」と言うと、「ええんか?」と何度も聞いたのち、結局看護師を呼んで、尿瓶でオシッコをした。オシメだからそのまましろって言われても嫌なんだろうな。わかるわかる。

その後、オシッコしたくなると母ちゃんに尿瓶を持たせたが、どうも下手らしく、オヤジは怒った。怒ったのちに看護師に尿瓶を頼んで「よく見てろ!そんな遠くじゃ見えんだろ!」と尿瓶のポジションやらなんやらを説明していた。世間体を気にしながら生きてきたオヤジがこの局面でその強固なストッパーが外れた瞬間を見た気がした。

夕方、僕らが帰る時、オヤジがオナラをした。真顔で「これはええんか?」と聞いてきた。「ええよ」と答えた。


帰りのバスで、僕と母ちゃんで腹を抱えて笑った。