2011-12-27

新宿

先週金曜日は新宿でDJしました。
小西康陽さん、クボタタケシさん、平林伸一さん、そして僕の4人でやっているパーティー「新宿ジャズ&ジャイヴ」です。早いものでもう6周年です。しみじみ。

まず夕方に東京に着いて、下北の事務所で加藤さんにご挨拶。今年もお世話になりました。
オンラインショップのEAT RECORDSは順調のようです。いまの品揃えでコレだけ売れたら十分。という程度には売れているらしく、来月から調子に乗せるべくドカンと仕入れるみたいです。

http://www.eat-records.jp/

いま見たら「藤澤志保のショートインタビュー」というのが掲載されていました。シュールです。



22時。新宿にてパーティー開始。
そういえば6年前と比べるとパーティーの雰囲気は変わったように思える。
あの頃は平林さんと目が合うたびにショットが回ってきていた。平林さんから逃れても他の誰かに捕まってショットが回ってきた。とくかく飲んでいたし、僕以外にも泥酔者は続出していた。
とにかく話題には欠かないパーティーではあったが、話題にしたくないような事柄ばかりが量産されていた。
今でも潰れる人はたまにいるけれど、かなり穏やかになって、音楽を楽しむ余裕もできてきた。

変化がないのは落合さんくらいで、この日も泥酔していて「10万円かけて腕相撲やるぞ」と絡んできたので僕は一緒になって酒を飲みつつも腕相撲だけはかわし続けた。.僕の携帯の待ち受け画面がマイクタイソンだった事が原因と思われる。


小西さんと「DJって難しいですねえ」という話をした。
この話は長くなるのでまたヒマな日にダラダラ書きます。


朝方になってみんなで2曲交代でDJをやった。クボタさんは「いまのこの雰囲気に合うものがない」と不参加。珍しい。

今回の僕はそこそこちゃんとDJできたと思う。



これが今年最後の日記だと思います。みなさん良いお年を~。

2011-12-19

鳥取空港でネギ坊を見た!!!

12月17日。鳥取でDJ。名古屋⇔鳥取は直通の飛行機が無いので、名古屋からら姫路が新幹線、姫路から鳥取がスーパーはくとという特急列車。
乗り換えの際、姫路駅のホームにいろんな数字があって、どこで待てば僕の乗る5号車が停まるのかさっぱりわからなかったので、とりあえず頭上の看板には⑤、足元には②と④が書かれている場所で待ってみたが、ここに止まったのは3号車だった。難しい。

飛行機以外で大阪よりも西へ行ったことがなかったのでどちらも楽しかった。


18時に鳥取駅でユカさん、ケンボウ、たーくんと合流。ホテルでチェックインしたら18時30分から居酒屋へ移動。「この時間にウイスキーはまだ早い」と思っていたのにビール数杯で心が折れて飲み始めた。21時に小西さんを迎えに鳥取空港へ。22時に小西さん、山崎さん、僕、ユカさん、ダンさんの5人でまた居酒屋。すぐに僕の出番が近くなったので、僕だけカフェに戻った。そうそう、今日はクラブではなくてカフェだった。知らなかった。これはラウンジな選曲にしたほうがよいのか悩んだけど、音量が微妙に小さいという意外は暗さもフロアの感じもクラブと大して変わらなかったので予定通りの選曲でやった。まあ予定していた選曲も最初のほうはゆるいブルースだったのだけど。

静岡に住んでいるオールデンさんがいてすごく驚いた。DJ中に何杯かテキーラを持ってきてくれたのでかなり酔った。本当はこの辺から記憶が断片的になっていて、パーティーがあっという間に終わってしまった。まあ2時にパーティー終了と聞いていたので実際にもあっという間だったと思いますが。

で、物足りないから他でもDJやりたいですと僕がわがままを言ったので、ユカさんが手配してくれたバーに移動してDJをやった。と言っても「2時で終わっちゃうのは寂しいです」と言ったのは夕方の話であり、今となっては「もう倒れてもいいかもしれない」という気持ちも確実に半分はあったし、実際にも小西さんとケンボウにDJを任せている時間が多くて、僕はあんまりDJやらなくて、申し訳ないですという気持ちでいっぱいなのでいまこの日記を書きながら正座をしております。

とにかく雰囲気の良いバーで、普通に楽しく飲んでいました。


18日。日曜日。12時チェックアウト。カフェでお昼。その後、前垣さんのボルゾイレコードへ。マッドネスのワンステップビヨンドが500円だった。うわあい。あとネタにも使えそうな謎のカリプソのLP。
このボルゾイレコードのあるビルが学校の校舎みたいな作りで雰囲気が良かった。みんなでこういうところに住みたい。「3-1 かみや」「1-2 ひらばやし」みたいな表札で。
あと店主の前垣さんがここ10年は見たことがないほど見事な寝癖だった。右も左もしっかりと。
あと手のひらがへんな色していて「昨日飲んだワインで手が染まったみたいです」と言っていた。素朴でいてしっかりと個性のある人だった。

次もレコード屋。狭いお店で、店内はレコードびっしりという感じだったけど、山積みの新聞紙など不要なものが多くて意外と見れる場所は多くなかった。秋本奈緒美みっけた。600円。三ツ矢雄二は100円。
新聞紙に埋もれていたせいか、小西さんが買った7インチのビニールがなかなか剥がれなくて、値札を取り出すのにかなりの時間を要した。カッターも使って丹念に。そして少し破れてしまったビニールもちゃんとキレイなものに入れ替えていたので、ここにもかなりの時間を要した。

粘着のあるビニールはどうせすぐに捨ててしまうので、「僕はビニール要らないです」と言ったら「え?いらないの?ビニールを使わないなんて大丈夫なんですか?」ととてもビニールを薦めてくれたので、それを断るのにも結局かなりの時間を要した。この店主もまた素朴でいてしっかりと個性のある人だった。

次はハードオフ。2枚購入。スロット「まごエヴァ」の実機が4000円だった。ジャグラーだったら絶対に買ってた。電源が入ってたので、ボーナス確定画面にして去ろうと思ったがもちろん引けず。

そして次は「なんでも鑑定団」みたいな地方によくある総合的なリサイクルショップ。また秋本奈緒美みっけた。なんか今日はよく出会う。みんなに「こいつ秋本奈緒美ばっかしだな」と思われたらどうしようと思いつつも買った。
この時代「アイドルにジャズを歌わせよう」みたいな企画が連発したが、どこにもジャズは見当たらなかった。みたいな文章をどこかで見たので、これもそうなんだと思う。でも買う。

この後、空港で小西さん山崎さんをお見送り。小西さんたちがゲートを通って搭乗口へ向かったあとで、なんとパチスロライターのネギ坊を見つけた。僕とユカさんで感動して「握手とかしてもらいましょうか?」とはしゃいでいたが、他のみんなは「誰ですか、それは」という感じだったし、もうひとりタークンもスロットをやるのでネギ坊を知っていたけど「別に。」というテンションだった。ツイッターでつぶやいても誰も反応がなかったし、スロッターの友達数人にメールしても、いたことに驚くのではなくて、あんな普通な人に気が付いたおまえがすごいという内容ばかりだった。

空港をあとにして、駅へ。
そしておしゃれな特急「スーパーはくと」に乗って帰りました。

鳥取のみなさんお疲れ様でした。ありがとうございました。
そして小西さん、山崎さんもお疲れ様でした。


秋本奈緒美は2曲当たりました。

2011-12-13

オンラインショップ

僕がお世話になっているEAT RECORDSがオンラインショップを始めました。
まだはじめたばかりなのでそんなに充実していないかもしれませんが、もともと全国のレコード専門店に卸しをしていた会社なので品揃えは確実に良く なっていくと思います。さらにアナログのプレスも積極的にやってくれる会社なので、他の店では買えないような物も並ぶようになると思います。

http://www.eat-records.jp/
是非チェックしてみてください。
買い逃していた物があったりするかもしれませんし、なかったりもします。


近いうちに僕好みのスウィングやネオロカでアナログ化されていないような物もたくさんアナログでリリースしてくれるみたいです。あと僕のリリース 物で即完売した商品も「この日のために少しだけ残しておいた」と言っていたので、テキーラのリミックスの7インチや、マニフェスト1なんかも適当なタイミ ングで出ると思いますので、そちらも是非よろしくお願いします。

http://www.eat-records.jp/fs/eatrecords/c/BOOT_BEAT
これが僕のを検索したページです。
買い逃していた物があったりするかもしれませんし、なかったりもします。


もちろん僕以外のDJの好みも反映されて、生音系だけじゃなくいろんなジャンルが充実していくと思います。


よろしくお願いします。

2011-12-08

札幌

12月3日。札幌でDJなので昼前には空港へ。
名古屋は晴れてたけど、札幌は雪が相当降っているみたいで「着陸できなかったら名古屋に引き返します。ご了承ください」と言われた。行けなかった らDJできなくなってしまうので、ご了承できるわけないのだが「じゃあ無理にでも降りますね~」と言われたらもちろんそっちのほうがカンベンしてもらいた いので何も言えない。搭乗手続きを済ませて空港でご飯。偶然レナちゃんに会った。「えー、札幌行きって戻ってくる確率高いらしいよー。いけるといいね」と 言われた。

機内でも「もし着陸できなかったらやり直しするので、その場合は何度か旋回します」といわれた。
しかしそんな不安をよそに、無事に札幌に着いた。

着いたらだいじゅんが迎えに来てくれていて「神谷さんたちの後の東京→札幌は欠航になりました」と言っていた。危ない危ない。

車で札幌のホテルへ。チェックインしたらすぐに出かけた。スープカレー侍。間違えた。スープカリー侍。「ラジオをレディオ」とか「テレビをティーヴィー」とか「カレーをカリー」みたいなのは呼ぶのに少し抵抗がある。なぜか照れる。
まあそれはいいとして久しぶりに食べたこのカレーがものすごいうまくて感動した。スープカレーではここがダントツ一番好き。
昔はすんごい行列が出来ていて面倒だったけど、今回は店舗が増えてお客さんが分散したので並ばずに食べれた。

ホテルに戻って軽く準備したらクラブへ。ブースに荷物を置いてサウンドチェック。
サウンドチェックはあまりやる事がないのだけど「やらなくていいでーす」とか言うとヤル気ないのかこいつはと思われたらイヤなので一応チェックしたがもちろんOKだった。

チェック後はご飯を食べに行った。そこでいろいろ話をした。JOKEMICというグループのプロデュースをすることになった。アルバム一枚まるっと。
今はまだ何も出ていないのだけど、このペースだと来年はかなりのリリース量になりそう。僕自身のオリジナル曲が何曲かと、オバ君をプロデュースし ている曲が何曲か、そしてJOKEMICのアルバムまるっと。できれば藤本ヨウとも何かで絡みたいのだが、まだどういうやり方で絡めるのか考え中。

そしてクラブに戻るとパーティーは始まっていた。
たくさん酒も飲んで、DJも「もっとやりたかったな」と思えるほど楽しくできて、飲みすぎて迷惑かけるという事もなくて、パーティー全体も楽しく て、かわいい子もたくさんいて良かったのだけど、「見てるこっちが引くわ」というほどの酔っ払いもいなかったし、だいじゅんも頭を打たなかったし、耳なし 芳一ばりに全身落書きだらけで帰っていく者もいなかったし、救急車で運ばれる者もいなかった。どれか一個くらいあっても良かったんじゃないかと思うので、 誰も潰せなかったことを悔やんだ。


次の日はホテルのチェックアウトをしたらすぐにスープカレーを食べに行って、その後は僕だけレコードを見に行って、またみんなと合流して、バスで空港に行って解散。
別行動して行ったレコード屋が大当たりで何時間でもここにいたいと思った。レコ屋に行くまでの路面電車も楽しかった。合流したあとのみんなでのバスが思いのほか豪華で快適でこれも楽しかった。

解散後に寿司を食べて、お土産を買って帰った。

帰りの飛行機が「機材変更のため」ということで1時間遅れた。
おかげで中部国際空港に着いたのは11時半くらいになっていて、たぶん終電を逃した人もいたと思うのだが、機内アナウンスにて「発着の遅れによる 交通機関の代金や宿泊費の保証や血も涙もありません」と言われていたので、いや「血も涙も」とは言ってなかったが、とにかく飛行機から降りたら一部の人は すごく走っていた。僕はヤバイと思って親に迎えを頼んでおいたので助かった。



楽しい二日間でした。みなさんありがとうございました。

そして来週は小西さんと一緒に鳥取です。鳥取の皆さんお久しぶりです。よろしくお願いします。

2011-12-02

先月の東京

本当は「浜松からそのまま東京へ行って、数日間遊ぼう」と考えていたのだけど、制作があまりにも進まなかったのと寒波に負けたので家に帰った。

という事で11月23日。実家にて制作。
オバ君から「作詞を気にしすぎて曲がまとまらなくなるくらいだったら、作詞のことを見越して作ろうとしないで、曲だけに集中したほうがいいです」とアドバイスをもらったので、素直に作詞は後回しにして曲に集中。夜には一曲目のほうがキレイにまとまった。

オバ君にメールで提出して、2曲目に取り掛かって、すぐに壁にぶち当たって酒を飲んで寝た。

11月24日。何から何まで昨日とほぼ同じ一日。酒の量も同じで1リットル前後。
最近これくらい飲んでも記憶はなくならないようになってきた。プライベートでは一切酒を飲まなかったのに、ここ数ヶ月はよく飲んでいるので強くなってきたのかもしれない。喜ばしいことでもないが。

11月25日。東京。夕方から事務所で打ち合わせ。
本当は4曲のラフデータを加藤さんに提出して、どうやってリリースしていくかを話そうと思っていたのに、提出できたのは一曲だけだったので、ずいぶんぼんやりした打ち合わせになった。まあいつもの事か。

夜は新宿OTOにてDJ。新宿ジャズ&ジャイヴ。
落合さんをベロベロに酔わせて、酒をおごってもらおうという作戦にでた。
3~4ヶ月前くらいから毎回この作戦を決行しているが、成功するしないは別として、落合さんと絡んでいるのが楽しい。

小西さんに作詞作曲に関していろいろ質問させてもらった。勉強になったというよりは、やっぱり小西さんは天才だなあと思っただけで、僕に活かせそうもない感じだった。


11月26日~12月1日。もう一曲が完成した。すごい満足ではあるが、はたしてこれに詩が乗るのだろうかという不安があってあまり喜べない。とりあえず札幌の準備をしはじめる。


明日、12月3日(土曜)は札幌でDJします。
アシッドルームというところです。

2011-12-01

先月の浜松

11月21日。夜。バイクで浜松へ。
いままで暖かかったのにこんな日に限って寒波がやってきた。やあやあやあ。
この日をすごく楽しみにしていたのに楽しさ半減。それでもハードオフに寄って中古レコードを探しながら行ったし、本坂トンネルも通った。
本当はこの前ムネムネと行った旧本坂トンネルを通ろうと思っていたのだけど、寒波による純粋な寒さと心霊スポットによる精神的な寒さの強力タッグには勝てそうも無かったので、ここは新しいほうのキレイな本坂トンネルで我慢した。それにしても寒い。

浜松に着いて、コンビニでウイスキーを買ってオバ君の家へ。早速酒を飲みながら制作。
最近メールでデータをやり取りしていたので、すでに一曲はほぼ完成していた。その一曲目は全体の構成を考えた。できた。これオバ君名義の曲。

次は私名義の曲。これまたすでにメールのやり取りで大体形になってきていたので、そこから相談しながら少しメロディを変更して、行き詰ってストップ。保留。酒が進み始める。

次はオバ君の2曲目。初めて聞く。手応え悪い。保留。酒が進む。

次、私の2曲目。これが正直僕にも完成形が見えていなかったのだけど、オバ君とその場で相談しながら作り直せばどうにかなるかと思ったが全く進まなくて、進んだのは酒だけだった。

気がつけば僕が持ってきたウイスキーの小瓶は空っぽで、オバ君の家にあったウイスキーの中瓶も空っぽになった。計1リットル。時間もずいぶん経っていたので明日のラジオがやばい気がしたので作業は終えて寝た。


11月22日。朝9時起床。緊張のせいで目覚ましよりも少し早く起きた。今日はK-MIXという浜松のラジオ局で生放送の番組に出演。ラジオ苦手。

過去に名古屋のZIP-FMでは、緊張のあまり椅子に座ったとたんにひっくり返って、近くのコンセントが抜けて、軽くパニックになった。

渋谷で辰緒さんのラジオ番組に出たときは、あまりにも会話が出来なくて「放送事故になる!しゃべれ!」と辰緒さんに注意された。が、もちろんその注意にも「はい」とさえ言えず、僕は無言でうなずいて辰緒さんを困らせた。

生放送以外はどうかと言うと、北海道のラジオ番組で使うためのコメント(パーティーの告知をするだけの簡単なもの)を録音するというだけでも緊張してしまい、酒をがぶがぶ飲んでみてもRECボタンを押されるととたんに言葉が出なくなってしまって、結局「僕は出演ナシで」という形で丸く収まった。
出演ナシと決まった瞬間に急に酒が回って、その日のDJはズタズタになった。ズタズタというか「クラブに行った記憶さえない」という状態になった。とにかくラジオは苦手。何回やっても慣れない。



昼11時にK-MIXに到着。「なんで引き受けたんだ俺は」という自責の念が頭の中を占拠していたので、スタッフの方の説明が全く頭に入らなかったのだが「30分後に本番でーす」という言葉だけはしっかりと入ってきた。


何を話したのかはあんまり覚えていない。がんばったと思う。僕なりには。


そして僕とオバくんのラジオ出演は終わった。終わった後もしばらく緊張が取れなかった。

昼食にハンバーグを食べて、オバ君の家に戻って制作の続きをした。
しかし、一曲目にやったオバ君名義の曲だけが完成に近づいていくものの、他の3曲は全くだめだった。せっかく浜松にいるので他の曲も完成させたいと思って、悪あがきしては壁にぶつかって、オバ君の一曲目を聞いて「これはいいね~。完成も近いね~」と二人で喜んで、また他の曲に取り組んで壁にぶつかって、一曲目「いいね~」、壁、いいね~、壁・・・と夕方まで繰り返した。進展はナシ。


夜になって帰宅。

「もうバイクの季節は終わった」と思ってバイクを倉庫へしまった。