2020-02-19

長男

葬儀場に泊まった従兄弟は「夢でおじさんが出てきた」と言うし、親族の何人かは枕元にオヤジが出たらしいが、オヤジの大好きな息子の僕が、オヤジのベッドで寝たというのに、なんの夢さえも見ずに普通によく寝れた。

通夜や葬式は大変だった。ほとんどは近い親戚や母ちゃんに頼りきりで、葬儀の進行はそれぞれに任せていられたのだが、母方、父方いろいろな親族がいて、みんなが仲が良いわけでもなく、オヤジの葬式への方向性も同じではなく、時としてお坊さんや葬儀屋さんを巻き込んで、とても嫌な空気になっていた。
しかし、それぞれがちゃんと僕の味方ではあって、ありがたい事だったので、いろんな所に気を遣った。
あと、知らない人が多すぎた。喪主めんどくせえ。
僕はほとんどなす術もなく、ただ気苦労だけを募らせて、葬儀は終わった。

オヤジを焼いて、初七日も済ませて、実家に戻った。


実家に戻った後、葬儀屋さんが来て、オヤジの仮の仏壇を組み立ててくれた。
このときに「僕は独身で子供がいないので、オヤジに墓を建てても、母ちゃんが死んだ後にすぐ墓じまいする可能性が高いので、墓を建てない場合の選択肢って何があるんですか?」と聞いてみた。

仏壇はどうであれ、骨はどこかのタイミングでどうにかする必要があるらしい。
墓を建てなくたって、個室の納骨堂や共同合祀みたいな所に預けたり、砕いて海に散骨したりせねばならないらしく、実家で放置して、母ちゃんも死んで、僕も死んだら、骨×3の費用がそのまま妹の家族にのしかかるそうだ。その費用だが、個室の納骨堂だと50〜100万円程度、共同合祀で30万前後かなあと言っていた。あと預けてから50年〜100年は定期的にお金払うよ。だから、散骨が1番安いんだけど、散骨できる状態まで砕く業者に頼む費用と、散骨できる海域までのチャーター船の費用が必要。20万あればいけるのかなあ。と言われた。

誰かが死んだら、拒否できずにある程度の量の骨を渡されて、この処分には最低でも20万以上は必要という、この選択肢しかない仕組みは誰が作ったんだろう。焼いた後に、骨壺に入らない分は向こうで処分してるじゃないか。あとちょっとじゃないか。

それでも「無い袖は振れない」と言うから、本当に無い場合はどうにかなるモノだよ。と葬儀屋さんは言っていたが「そこまで空っぽにならないとダメなんか」と思った。


散骨する気はないし、出来れば納骨堂が良いかなとは思っているけど、選択肢の少なさというか、無料な所がないのって「誰が儲けてんだろ」と思ってモヤモヤするし、長男めんどくせえ。


葬儀屋さんが帰ってから、母ちゃんを市役所や税務署に連れてったり、遺品整理でゴミ処理場を往復したりで数日はバタバタしたが、その後は自宅に戻って、バイクも手に入れて、僕は普段の生活に戻った。


何か困った事があるたびに、ああオヤジがもういないんだなと喪失感を味わったりするが、携帯に残っているオヤジの動画を見ると気持ちが落ち着く。

せん妄状態になってる時のもので、看護師さんに
「俺は大腸ガンかもしれない。うんこが出ないんだ。うんこ?あれ?なんだっけ?」
と言っている動画。

もう少しまともな動画が良かったなと思いつつも、この動画だから悲しまずにいられる気もする。

オヤジは死ぬ日まで便通が悪かった事が一度もない。

2020-02-17

オヤジが死んだ

オヤジの見舞いが頻繁なので、電車で通うよりそろそろバイクが欲しいと年末あたりから思っていて、やっと理想的なバイクを見つけた。ヤフオクで購入して、名義変更の為の書類やナンバープレートが届いたその日にオヤジが死んだ。オヤジっていつもこう。

肺ガンで死ぬ人の最後は、長時間溺れるように苦しんで死ぬと言われているらしく、さらに転移の多いオヤジは全身に激痛が走って耐えられない可能性もあると言われていたので、最後に苦しんでいたら眠らせてください。延命措置も苦しいだろうからしないでください。とお願いしていたが、実際にはオヤジは苦しむ事なく、痛みも無さそうな様子で、ただ呼吸が止まって死んだ。強烈な喉の渇きはあったようで、酸素マスクをズラしながらスプレーで潤わせていたが、満足させれるほど与えてあげられず、そこだけは苦しんだかもしれない。すまなかった。誤嚥するからムリだった。

呼吸が止まった時「すいません!オヤジが息をしていません!」とナースセンターに駆けつけたのだが「モニターで確認してました。すぐに医師を呼びました」と言われた。そうか延命措置をしないとはこの事か。
実際に死ぬと、オヤジ本人がツラいかもしれなくても、もう一度呼吸をして欲しいと思ってしまうものなんだなあ。散々彼女から「延命措置は苦しい物だから不必要には頼まない方がお父さんの為かも」と言われていたのに。納得していたのに。看護師さん助けてくださいと思ってしまった。

夜中というか、朝方というか、4時45分がオヤジの死亡時間だった。
死亡確認の医師が「4時4じゅう……5分。死亡確認しました」と、変な間があったのは、オヤジは本当は4並びで死んだのをお医者さんがズラしたんじゃないかと思った。死んだ時間だから4並びでも構わないだろうし、パチンコ好きのオヤジなら「ゾロ目はなかなか無いぞ」と喜びそうだがとにかく死亡時間は4:45だった。

そのあとは、母ちゃんを含む泣き崩れる親族達も全員落ち着いて、さてお通夜、葬式はどうしたものかの話し合い。本来なら一日空けてお通夜と葬式らしいのだが、一日空けてしまうと「友引き」になってしまうらしく、ドタバタするけど今日このまま通夜、明日葬式という結論になった。みんな方々に連絡して、いろんな事がざっくりと決まったくらいで朝6時、葬儀屋さんが来てオヤジの遺体を実家に運んだ。

次にオヤジが帰宅できるのは、この姿の時だろうと思っていた通りの姿でオヤジは帰宅した。オヤジが呼吸をしなくなった時は耐えれたが、家で横たわるオヤジの姿を見た時に、僕は人目を避けてほんの少しだけ涙が出た。かわいそう過ぎて耐えれなかった。おかえり。オヤジ。

この後は、ウチで葬儀屋さんとの葬式のプランの打ち合わせで、これがもうオヤジが引くんじゃないないかというほどの金額だったが、オヤジの人脈をフルに使って、まだ安いほうで、葬儀屋さんも協力的だったのだが、それでも高かった。

生前のオヤジは死にかけた時に、仕方なしに個室に入れられたのだが、その度に「この個室は保険適用外で一日15000円だぞ。こんな事の為に趣味で集めた物を売るなんてバカバカしい」と嘆いていたが、いざ葬儀となると、いろんな選択をするたびに5万円くらいが乱高下する感じで、「オヤジはあんまりこういうのは望んでいないと思う」と、出来るだけ小さい家族葬にしたい。と言ってみても、「格好がつかない」という親戚の発言で、ミニ四駆のカスタムみたいにあれやこれやと、しっかりとした葬儀へと向かっていった。誰が払うんだ。こっちだろうに。
はい5万。はい5万。はい5万。という感じ。

お通夜の日の夜、まあオヤジが死んだ日の夜でもあるが、この日は僕は、やるべき事が済んだら実家に帰った。
斎場で泊まる事も出来たが、遠方からの親族やら母ちゃんやらを優先したら泊まるスペースが無くなったし、次の日に、オヤジの見舞いの必要もなくなったバイクの名義変更で市役所にも行かねばで、まあ実家でいいかと判断した。

この日、疲れ過ぎて、寝不足過ぎて、自分の部屋は残っているのだけれど、そこに布団を引いたりテレビを移動したり、という体力がなく。そもそも介護する為に準備されていたオヤジの部屋で倒れるように寝た。30数年ぶりのオヤジのベッドだったが、意外とよく寝れた。

2020-02-06

どっちなんだろう

彼女が休みだったのでオヤジのお見舞いに行った。
病室に入るとオヤジはテレビを見ていた。音も出して見ている。

最近のオヤジはテレビをただ見つめているだけで、音が出ていても、出ていなくても気にしない。なんで今日は音出してるんだろ。なんかテレビ見てるな。ボーっと見つめてる感じじゃないな。調子良さそうだな。

今日は彼女も連れてきたぞ。調子はどうだ?みたいないつもの会話をしてみたが、はっきり返事が来るし、なんか滑舌が良くなってる。「はうはうはう」としか言えなかったのに、かなり普通に喋ってる。

そして、「今日、鏡見たらさ。髪がまた生えてきててな。今なら遺影の写真を撮ってもいいかと思うんだ。もしもの事があった時の為にさ」なんて言い出した。なにこれ。
今回のオヤジの認知状態は、せん妄じゃなくて、ガンが頭に飛んだやつだから絶対正常には戻らないと思ってたが、どうやら1カ月まるっとせん妄だったようだ。
「俺は入院したくなくて、ストレスがすごくて、それ以降は夢を見ているようだった。アレは全部妄想だったのか」と、逆にこっちが付いていけないくらいにオヤジの頭はハッキリしていた。何のタイミングなんだろう。一時退院したわけでもないし、なんの変化もなくオヤジは病室にいるのに、1カ月もして、こっちが諦めた頃に急に戻った。オヤジっていつもこう。

主治医の先生がいつものように挨拶に来てくれた。オヤジは「今日もこんな姿勢でごめんなさい」と寝たきり状態で会話する事を謝った。僕はオヤジのこうゆう所が大好きだし、僕にも遺伝されていると思うので、オヤジに感謝している。まあ、コレはせん妄状態の時も同様に謝っていたので、先生にとって違和感は無かったが、言葉がはっきり言えている違和感はあるし、その後の会話が成立している事にめちゃくちゃ驚いていた。目が飛び出る、みたいな顔をして「こんな事があるんですねえ」と言っていた。

血液検査の数値も日に日に悪くなっていて、認知状態も悪くなっていて、ボケて死の恐怖とも向き合わずに死にゆく。みたいなレールに乗っかったと誰しもが思っていたのに、オヤジは目覚めた。身体だけは安定して死に向かっているのに。


こんなオヤジが「あーあー、家に帰りてーなー。家がいいよなー」と言い出した。
独り言のように見せつつも、チラチラと僕や彼女や母ちゃんを見ている。こいつ完全に復活したな。と思いながらも、こちらも誰も目を合わせず、その問いにも答えず、変な空気が流れた。

変な空気だっただろ今。とオヤジに言ってやりたいくらいに、帰りたいと言う言葉はその後も何回か出た。

本来のオヤジは、死に直面したら耐えられないくらいの弱めの精神力だから「死を感じさせないように」と、こっちが散々気を使っているわけで、、、だから「俺死ぬけどw」みたいなノリで「帰りてーなー」なんて発言をするはずがない。

なので、あの帰りてーなー発言に対して、軽々しく「いやムリムリw分かってるっしょw」なんて言ってはいけない。本気の「家に帰りたい」という願望なはずだ。コレが正解なはずだ。


合ってるよな?そうだよな?まだ死ぬって思ってないよな?
明るく死ねるような性格じゃないよな?

俺って意外とそーゆータイプよwみたいな事だったら、俺や母ちゃんは40年以上かけて大変な誤算をしている。

2020-02-03

ビンタ

オヤジはみるみる悪くなっていく。
1カ月前は普通に会話できたし、自分でトイレにも行けていたのに。
今はその両方とも難しい。

最近は死にかける事がとても多くて、呼び出しもあって、どうにかその死に目には会いたくて、しかしながら、ケロっと復活したりして、それが変な感じで麻痺していて、僕は「今日はまだ元気そうだから、近いうちに見舞いに行くわ」と言うようになった。死なないなら行かない、みたいな。本来は元気なオヤジに会いたくてお見舞いに行くのに、いつの間にかオヤジの死を望むような態度だったことに気がついたから「いつからかオヤジの死を望むような事になっていた。こんなやつは全力でビンタしてくれ」と彼女に言ったが「そこに気がつく良い子にビンタなんて出来ない」と言われた。

現在オヤジはめちゃくちゃボケていて、呂律が回らないし、言ってる事も分からない。
僕がお見舞いに行けなくても、病院にいる母ちゃんから、スピーカーの通話でオヤジと話ができるのだが、オヤジの言葉はほとんど「はうはうはう」なので全く会話が成立しなかった。母ちゃんから、何言ってるか分からないけど、ナオの声が聴けて笑ってるよ。と言われた。そんな事を言われるととても悲しくなる。オヤジは僕と話したいんか。


今まで本当にありがとう。ありがとう。大好きだぞ。と言いたいのだが、タイミングが見つからない。もう伝わらないかもしれない。